印欧語根 *dhghem- について
=========* 註 *=========
ラテン語 humus (大地) と homō (人間) は、印欧祖語まで遡ると、 *dhghem- という「大地」を意味する
一つの語根に行き着くと考えられています。「古い印欧語族にとって,『人間』は天上の神にたいして
地上にいきるものとしてとらえられている」(風間喜代三『ことばの生活誌』)ことが、言語に反映さ
れているのです。同じ語根に由来し、「低い」という意味のラテン語 humilis には、「卑しい」「 謙遜した」
の意味もあったのですが、これは「大地」は天の下にある低い場所であり、地に住む人間は神の下にいるという
意識があったからでしょう。
ギリシャ語でも、神に対しては「天にいる」、人間に対しては「地に住む」という形容詞が使われました。
また、「地に落ちる」「地面に横たえられた」という意味の形容詞 khamaipetēs には、「低俗な, 低級な」
の意味もありました。 khamai の部分が「地に」という意味で、印欧語根 *dhghem- に由来します。英語
にはギリシャ系の同根語は、基本語の範囲ではあまりありません。 khamai と leōn (ライオン)の
合成語である khamaileōn が、ラテン語を経て古フランス語から借入されているのは数少ない例の一つです。
印欧語根 *dhghem- は、ゲルマン語根 *gumōn- になり、この語根から「人」という意味の
古英語 guma ができましたが、今ではこの語は死語になってしまいました。古英語には、
「花嫁の人(夫)=花婿」の意の brūdguma もありましたが、この語は、綴りが bridegroomと
変えられたものの今日まで生き残っています。
ところで、「大地」と「人間」というと、旧約聖書創世記の「主なる神は地から土を取り、
その土から男を形作った。 Then the Lord God took some soil from the ground and formed a man out of it.」
という一節を思い出す人も多いと思います。創世記には更に、「(神は、この男には良い助け手が必要だと考えたので)
地から土を取り、すべての獣と鳥を土で作った。he took some soil from the ground and formed all the animals and all the birds.
」とも書かれています。
ヘブライ語は、印欧語族と
は異なる系統の言語と想定されていますが、古代ユダヤ人にとっても、「人(動物)」は「大地(土)」と強く結びつけられる存在だったのでしょう。
少し唐突ですが、土から「人」や「動物」を作った我々の祖先のことも思い出されませんか(埴輪や土偶のことですが)。