英語語彙の習得において、語源の知識が不可欠だということは多くの人が
提唱していることですが、次にあげる日本人も同じことを考えていました。 『ヰタ・セクスアリス』は風俗壊乱の恐れあり(!?!)とされたため、掲載した『スバル』は発禁処分になった。
上に引用した箇所は英語教育についての重要な「提言」になりえたのに、これが広く世に知られることがなかったのはなんとも残念なことである。ついでながら、
国家が国の弱体化を恐れて過剰な言論統制を敷くことは、多様で豊かな文化の発展を阻害し、結局は皮肉にも国家の弱体化を招くのだと改めて考えさせられる。
夏目漱石
漱石の大学時代の師である James Main Dixon には、English Composition という著作があり、この本を漱石が激賞していることから、彼の英語
教授法は Dixon から深い影響を受けていたことは明らかである。Dixon は、日本の英語教育において、語源の研究がおろそかにされているのを嘆き、Elements of Word Formation (明治25年、博聞社)という本も
著している。
松山中学時代の教え子によると、漱石の教授法は、「シンタックスとグラマーを解剖して、言葉の排列の末まで精細に検かくしなければならぬといふので、一時間に僅か
三四行しか行かぬこともあった。…プレフィックス、サフィックスを始終やかましくいふので、夏目さんのプレフィックス、サフィックスと云って吾々の間に通って
いた」(赤木桁平『夏目漱石』)というものだった。
ひとつひとつの単語のつくりを分解して考えることが、英語習得のカギになると漱石は考えていたのである。「日本の英語教育において、
語源の研究がおろそかにされている」という恩師の憂いを共にしていたのであろう。
森鴎外
鴎外は、自伝的小説 『ヰタ・セクスアリス』 の主人公(東京英語学校在学中)に、次のように言わせている。
寄宿舎では、その日の講義のうちにあった術語だけを、ギリシャラテンの語源を調べて、
赤インキでペエジのふちに注しておく。教場の外での為事はほとんどそれきりである。人が術語が覚えにくくて困る
というと、ぼくはおかしくてたまらない。なぜ語源を調べずに、器械的に覚えようとするのだといいたく
なる。
ところで、鴎外は「ギリシャラテンの語源」をどのように調べたのであろうか。興味深い事である。
森一郎
森一郎は 『試験にでる英単語』 (青春出版社)の著者である。あまり言及されないことだが、この大ベストセラーには語源集がついている。著者は、この
「部分を切り取り, 別冊として,(本文の単語に付記されている)語源の分析番号を, 絶えずその別冊の語源集と参照していただきたい…そうすれば, しらずしらずの
うちに, 諸君のボキャブラリーは倍増していくであろう。」と述べている。
優れた英語教育者によって書かれた「最少の時間と最少のエネルギーで英単語を克服する本」が、「ボー暗記はナンセンス」と
主張し、語源の分析から始める記憶法という、一見遠回りに見える方法を提唱していることに注目したい。