英語上達法が話題になるときに、「辞書を引かずに大量の英文を読んで丸暗記すること」が秘訣だ、
というようなことを聞いたことはありませんか。このような
主張をする人たちがしばしば例証としてあげるのが、トロイ遺跡の発掘で名高いシュリーマンの外国語習得法です。
著名な学者の勉強法の本や一流新聞の名物コラムにも、シュリーマンがテキストをひたすら音読し丸暗記した結果、驚くほどたくさんの言語の
達人になったと書かれています。ところが、実際に彼の自伝 『古代への情熱』 を読んでみると、話はかなり違うのです。
例えば英語を覚えた時期について、時を盗んで勉学したという過程が具体的に書かれていますが、彼は、
「音読」 や 「暗誦」 に励んだだけでなく、 つねに興味ある対象について作文を書き、これを教師の指導によって訂正
していたと言っています。ここにいう教師は、何人もの生徒を相手に学校の教室で教えているのではありません。シュリーマンが年収の半分近くを使ってやとった
専属の家庭教師です。そばに寄り添って懇切丁寧に教えてくれる教師から、文法的誤りの指摘とか適語の選択につい
て助言を受けて、正しい文を書く練習をすること、それが英語習得の重要なカギになることを
シュリーマンは知っていたのです。
さて、シュリーマンにはラテン語の素養もありました。優れた言語学者に指導されたため、高等学校入学前にすでに、「トロヤ戦役の主な
出来事やオディッセウスの冒険やアガメムノンについてのラテン語作文」を書いていました。 英語の語彙の中にはおびただしい数のラテン語が取り入れられ
ていますが、ラテン語的な英語に出会ったときには、辞書を引かなくてもその意味をある程度推測できる力が、シュリーマンにはすでにあったと考えられるのです。
また、シュリーマンの母語はドイツ語です。英語とドイツ語はゲルマン語という言語グループに属しますが、語彙の面でも文法の面でも共通するところが多いのです。
つまり、母語がドイツ語であったおかげで、辞書に頼らなくても意味を推測できる英単語がかなりあったし、また文法的規則についても、母語の文法から
理解できる要素が多かったのです。
シュリーマンの英語勉強法は、英語の親戚ともいえるドイツ語を母語とし、ラテン語の基礎もあった人の勉強法でした。この点だけに絞っても、普通の日本人が
そのままお手本にできるものではありません。
また、寸暇を惜しんで愚直に文章を
丸暗記するだけというような単純なものではなく、辞書は不要でも生き字引 (家庭教師) は必要とした習得法だったのです。
ところで私たちは、英単語を丸暗記することを全て否定するわけではありません。また、 英語を学び始めた子供に対して、
例えば bicycle や prince を、語源から説明すべきだと言っているのではありません。
しかし子供がある段階に達したら、これらの語も、語源を押さえると語彙を増強するのに役立つことを教えるべきでしょう。
bicycle 名詞 <*dwo- 表2>1 <kuklos>8
prince 名詞 <primus>20 <capere 表5>4
これは、車を見て
いつまでも「ブーブー」 と言っている幼児には、とりあえず 「ジドーシャ」 と教え、ある段階になったら 「自動車」 と教えるのに似ています。
「ブーブー」 が愛すべき幼児語であることは確かですが、「ブーブー」 「ジドーシャ」 のままだったら、「自家用車」「自転車」「汽車」「動力車」
「自転運動」 などへと発展させにくいですよね。英語圏の教師たちも同じです。生徒がある段階になったら、語源を押さえながら語彙を増やす方法を取り入れているのです。
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