古代ローマ人の言語で、印欧語族のイタリック語派に属する。
古代ローマの始まりは、ティベル河畔一帯の、ラティウムという地域にあった小集落である。のちにローマと呼ばれることになるこの集落に暮らした人々の言語が
ローマ語で、もともとはラティウムで話されていたいくつかの言語のひとつだった。ローマはその覇権をラティウム全体へ拡大させる一方で、周辺の諸言語を融合しな
がら自らの言語を変容させていき、やがて自分たちの言語を lingua latina (ラティウムの言葉) と呼ぶようになった。英語ではラテン語
を Latin (language) というが、これはこの lingua latina に由来している。
イタリア半島中部の小さな地方国家は、その後も周囲の民族を征服し続け、地中海を内海とする一大帝国に
まで驚異的な発展を遂げるわけだが、その過程で、ラテン語も農村的な小国家の言語から、世界文明をになう言語へと大きく変貌していった。
ローマは貪欲に周辺の文化を吸収したが、ラテン語が文明語になるために最も重要な役割を果たしたのはギリシャ文化である。
ローマはイタリア半島南部のギリシャ人を征服し、のちにはギリシャ本国とマケドニア、さらにプトレマイオス朝エジプトも支配下に置いて、
政治的、軍事的にはギリシャを屈服させた。しかし、文化的には大きく深くギリシャに依存したのである。このことは、前一世紀の詩人ホラティウスの「占領された
ギリシャは野蛮な勝利者をとりこにし、野卑なラティウムに技芸をもたらした。」
という有名な言葉によっても語り継がれることになった。
英文法用語のルーツ
ラテン語は普通以下のように時代区分される。
単にラテン語というときは、古典ラテン語、すなわち
カエサルやキケロの散文、ウェルギリウスやホラティウスの詩で使われたラテン語を指すのが一般的である。
古代ローマ帝国は滅亡したが、ラテン語は生き続けた。ロマンス語 という子どもたちにその血脈が受け継がれる一方で、
親たるラテン語もカトリック教会の公用語として、中世キリスト教世界を支え続けたのである。
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近代化が進んでからも長い間、ラテン語は西欧の青少年の必修科目だったから、ラテン語の素養は知識人の教養の一部であり、彼らの
母語の文体にも深い影響をあたえた。
amantes, amentes (恋するもの, 狂った者)、
consensus omnium (全員の同意)、
de facto (事実上)、
id est (換言すると,すなわち)、
memento mori (死ぬことを忘れるな)、
mutatis mutandis (必要な変更をすれば)、
quo vadis (どこへ行くのですか)、
terra incognita (未知の土地)、
vice versa (逆に、逆も同様)
英語が近代文明にふさわしい言語に成長していく過程でも、ラテン語はきわめて大きな役割を果たした。英語が知的水準の高い内容を扱えるようになる
ためには、ラテン語の語彙を大胆に取り入れる必要があった。また、英語の文法が確立する上でもラテン語文法は手本として貢献した。
ラテン語の教養・漢文の教養
さて、21世紀の今日においてはラテン語はもはや死語である、という言説をしばしば目にし耳にもする。確かに、ラテン語に代わって英語が事実上の世界共通語になって
いる今日、ラテン語で著作する人はほとんどいない。カトリックの総本山においても、法王庁の中ではラテン語が使用されているらしいが、
ローマ法王は普通の人々に対しては、各国語を駆使して呼びかけている。最近の例でも、ベネディクト16世(ドイツ人)はポーランド訪問中、特訓したポーランド語と
滑らかなイタリア語でミサを行い、アウシュビッツ強制収容所跡地を訪れた際には、ドイツ語で祈ったという新聞報道がある。
それではラテン語は死んだのかというと、英語圏においても、そうではないとも思われる。次にあげるのは、今日の英語の中にもかなり頻繁に登場するラテン語の
慣用句の例である。
これらの慣用句がしばしば説明なしに使われていることを考えると、ラテン語が死語だと言い切ることはできないだろう。
また例えば、ある図書館に入ると、その壁に veritas vos liberabit と刻されていたとする。このラテン語は
もともとは「ヨハネによる福音書」のなかにある言葉だが、いくつかの大学のモットーとしても使われ、日本の国会図書館の壁にも掲げられている。聖書という
宗教的文脈から離れた格言としてもひろまっているのである。
もし、このラテン語を読んだ人々が、 The truth will make you free とか、 真理は汝を自由にする とかの訳文を読んだ時とは別の
感情の高揚を覚えるのであれば、そのような人々にとってラテン語は生きているともいえよう。
英語学習者としては、ラテン語も少しは学ぶのが理想的ではあろうが、入門書に出てくる複雑な語形変化表の数々を見ただけで意欲が失せてしまう人が多いようだ。
しかし、ラテン語そのものを学ばなくても、おりに触れて古典文化についての知識を蓄えることは、英語の良い使い手になるために
役立つにちがいない。
学ぶべき古典文化の一つは雄弁術